イタイの駄目な人。読まないでください。自分が駄目なくせに書いてしまいました。


 

 2100年12月4日。

 今日は、惣流・アスカ・ラングレーさんの99回目の誕生日だ。

 今年もこの12月4日は、地球は闇に包まれる。

 高出力エネルギ−のために、一切の動力が停止するからだ。

 彼女の笑顔を見るため。ただそれだけのために。

 

 

Happy Birthday 〜贖罪〜

 

 

 私の名は、加持シンジ。32歳になる。

 このネルフ総合研究所の警備主任をしている。

 ここの地下30階に、彼女は眠っている。

 14歳のままの姿で。

 彼女の病室は302号。

 隣の301号には碇シンジさんが同様に眠りつづけている。

 二人は外見上は年をとっていない。

 あの戦いから、もう85年が経とうとしているのに。

 彼等は永遠の若さを手に入れた代償に、自由と時間を失ったのだ。

 人類が彼等に助けられたのは間違いがない。

 あの赤い海から生還してきた人たちが目撃したのは、意識を失って海辺に倒れている二人だった。

 それから一瞬たりとも、二人の意識は戻っていない。

 ネルフのみならず、あらゆる医学、科学の粋を凝らした方法が試みられたが、すべて無駄であった。

 栄養と健康の維持は自分では一切できないから、

 生命維持装置のスイッチを切るとすぐに生命活動を終焉してしまうだろう。

 しかし、それは私たちにはできない。

 どんなに費用が掛かっても、経費が掛かるという俗な理由で、

 人類の恩人の命を消してしまうわけにはいかない。

 

 

 それは、2053年のことだった。

 もちろん、私が生まれる前のことだから、私が名前を継いだ祖父に聞いた話である。

 祖父と曽祖父が、私と同様の職務についており、

 その日、その2年前に亡くなった赤木博士発案の最後の実験が試みられようとしていた。

 責任者は伊吹博士。

 彼女は一生の師であった赤木博士の残したデータからこの実験を実施しようとしていた。

 ところが、装置がエネルギーの高出力に耐え切れず暴走し、

 彼等の処理カプセルにとんでもない量のエネルギーが放出されたのであった。

 実験は失敗。それどころか、人類の恩人は消失してしまったと誰しもが思った。

 ところが、二人は生存していた。

 しかもボイスレコーダーに、彼女の肉声が残されていたのだ。

 

 

「シンジ…シンジよね…嬉しい…!やっと会えたんだ…待ってたんだよ…

 ずっと、待ってたの…この闇の中で…会えると信じてた…シンジ…

 あのね…言いたいことがあるんだ…うん…あのとき…どうしても言えなかったこと…

 私はシンジが好き、大好き…うん、本当だよ…全部終わったら言おうと思ってた…

 こんなことになっちゃって…ううん…シンジのせいじゃない…」

 

 

 その声は10分ほど続いていた。

 最後に『周りが暗くなってきた…シンジ!シンジぃ!』という叫びを残して。

 それは研究所の電力が復旧した時刻と一致していたのだ。

 彼女の声は、ネルフの中枢にいた老人たちの心を揺さぶった。

 私の曽祖父と曾祖母はともかく、伊吹博士、日向名誉所長といった人々が号泣した。

 伊吹博士など、あまりのショックに鎮静剤を打たねばならないほどだった。

 祖父の話では、それは感動的というよりも、壮絶な印象があったらしい。

 それはそうだろう。

 14歳の少年少女が、あの時すべてを背負って戦い、そして彼等の青春を…人生を失ったのだから。

 それを目の当たりに見ていた人々にとって、彼女の言葉が与えたのは喜びよりも苦しみだった。

 彼女たちの時が止まっていた間、人々は幸福な暮らしをしていたのである。

 曽祖父と曾祖母が結婚し、孫までいることなど、彼女はまるで知らないのだ。

 

 この時から、半分儀式のようになっていた研究が急に熱を帯びはじめた。

 あの時の状況を分析し、最後に出てきた答えは…。

 超高出力のエネルギーを放出することで、意識を取り戻すかもしれないという不確定要素の強い内容だった。

 エネルギー量は曾祖母が担当した、対使徒戦のヤシマ作戦の5倍という、

 日本だけではどうにもならないようなエネルギー量である。

 それでも、その実験は実施された。

 二人に対する人類が受けた恩恵は、金額では計る事ができないからだ。

 結果は失敗。

 いや、完全な失敗ではなかった。

 意識は取り戻すことはなかったが、

 碇さんと惣流さんの意識は前のように繋がることができたのである。

 その時間は1時間余。

 しかし、その数日後、政府や国連から研究の中止と生命維持の差し止めの勧告という、

 残酷な申し入れ、つまり命令があった。

 ネルフだけの財源では、もうどうしようもなくなってしまったのである。

 生命維持だけならばなんとかなるが、

 彼女の肉声を聞いてしまった人々にとっては、研究を止めるわけにはいかない。

 いや、この時代に意識を取り戻すことができなくても、

 二人の間だけでも意識を繋げてあげたい。

 それだけが曽祖父たちにできる、彼女たちへの唯一の償いなのだから。

 

 曽祖父たちは立ち上がった。

 メディアを巧妙に利用して、全世界の民の同情と悔悛の心を掴んだのである。

 彼女の映像を利用して。

 情報戦は、曽祖父の、そしてネルフの得意とするところである。

 わざと碇さんの映像は使わなかった。

 碇さんも微笑み、言葉を発していたのだが、

 女性の方が世間の同情心を掴みやすいと判断したからである。

 意識が繋がって、碇さんと再会し互いの思いを交わし、

 それまでの無表情な顔に天使のような微笑が浮かんだ時には世界中に感動の涙が流れ、

 それが途切れたときの彼女の悲しみは、人々の心を猛烈に打ったのである。

 その結果、日本では中止勧告をした政府与党が倒れ、国連も理事国や責任者の罷免が起きるなど、

 壮絶な社会現象が発生したのだ。

 そして、世界中の支援を受けて、研究と実験が再開された。

 

 しかし、最終的に出た結論は、今の地球上の全エネルギーをもってしても、

 二人の意識を取り戻すことは不可能という、非情な結果だった。

 失意の中、次々と老いた関係者は他界していき、

 最後に残った曾祖母の訴えにより、ある法案が全世界で可決された。

 それは、1年で1日だけ全世界のエネルギーを二人の再会につぎこむという、途方もないプランだった。

 もちろん、大論争が起き、政府、軍部、経済界、すべてから反論が巻き起こった。

 だが、民衆の力はそれ以上に強かったのである。

 反対を表明した政府や組織は人気を失い、

 あるコメンテーターなどはTVで反論したために殺害されたほどの反響を呼び起こした。

 そこで、まず一度実施してみるということになり、2082年、そのプランは実施された。

 曾祖母の意見により、実行日は12月4日に決定された。

 彼女、惣流・アスカ・ラングレーさんの誕生日である。

 最低限の電力以外はすべて日本に送られ、その結果二人の再会の時間は15時間に達したのだ。

 その間の彼女の表情は記録され、電力が復旧された後、全世界に配信された。

 彼女の微笑みは、<asuka smile>として全世界の涙を誘った。

 そして、それ以降の一切の反論は封じ込められたのである。

 法体制も整備されていき、その日の犯罪行為には厳罰を持って臨むなど、

 世界的な人種や宗教を超越した、メモリアルデーとなったのだ。

 日本ではこの日に便乗した売出しを行った大型スーパーが不買運動で倒産するなど、

 商業主義から完全に離れた、神聖な一日となったのである。

 

 曾祖母は2094年のメモリアルデー。その翌日に他界した。

 モニターに写る、彼女の微笑に涙しながら。

 

「シンちゃん…アスカ…ごめんね。ホントに、ごめん。

 許してね…こんなことしかできなかったけど…あとのことは…

 貴方たちの残した人類に任せるわ…貴方たちが願った世界が…優しい、心の…」

 

 それが曽祖母の最後の言葉だった。

 

 

 そして、今。

 2100年12月4日。

 惣流・アスカ・ラングレーさんの99回目の誕生日。

 20回目のメモリアルデー。

 世界は暗闇に包まれ、人々は愛を思う。

 

 

 彼女の言葉は配信されないように手配されている。

 あまりにプライベートな内容である上に、

 2083年に一部が配信された時、慙愧の念に耐えかねた自殺者が世界中で数十人も発生したためである。

 その言葉を私はリアルタイムで聞いている。

 警備のために必要だからなのだが、私はその間を一人にしてもらっている。

 何故なら、彼女の言葉を聞いていると、涙が止まらないからである。

 これは曾祖母や曽祖父のDNAのなせる業だろうか?

 今も私の頬には涙が流れている。

 薄暗い非常照明の中で、この日だけは特別室に二人のカプセルが仲良く並んでいる。

 そして私は特等席で、二人の微笑と会話を直接聞いているのだ。

 今日は、もう17時間を過ぎている。1秒でも長く…、二人の時間を…。

 

 

 

「アスカ…ほら、あの日のこと、覚えてる?」

「あの日ってどの日よ。はっきり言いなさいよ、馬鹿シンジ」

「うん、ごめん。あのさ、アスカが日本に来たとき」

「オーバー・ザ・レインボー?」

「そう、僕、アスカに叩かれたじゃないか…」

「あ、あれは、アンタが私のスカート覗いたから」

「わざとじゃなかったじゃないか。風が…」

「はん!結果がすべてよ」

「酷いなぁ…」

「あれが初対面だなんて、やっぱり変よね、私たち」

「あの時、僕のこと、冴えないヤツって言ったんだって?」

「え、えっと、そうだっけ?そうそう、それよりもさぁ、修学旅行が」

「汚いなあ。自分に都合が悪くなるとすぐにごまかすんだから!」

「わ!彼女のことを汚いなんて、普通言う?」

「彼女って、アスカのこと?」

「そうよ!私はちゃんと告白したんだから!

 それにここでは、私以外の選択肢はまるでないの。

 だ〜れもいないんだもん。私とアンタの二人きり」

「でも、誰かに聞かれてるんじゃないの?」

「はん!別にいいじゃない!誰に聞かれても、私は構わないわ。

 私はアンタが好きだって事、全世界に知られても構わない。

 胸を張って言うわ。私は碇シンジが好き。だ〜い好き!

 シンジ、アンタは迷惑なわけ?」

「そんなことはないよ。ぼ、ぼくだって…」

「ああ〜ん、はっきり言いなさいよ、もう!

 いつ、離されちゃうかわかんないんだから、時間は貴重なのよ!」

「う、うん、じゃ、言うよ。僕もアスカが好きだ」

「へ、へへ。照れちゃうな、何度聞いても…。

 シンジ…。デート、したかったな…。普通のカップルみたいに…」

「うん、遊園地とか映画とか…」

「私、観覧車乗りたい!」

「一人で?」

「ば、馬鹿じゃない!シンジと二人でに決まって…、あ!からかったな!」

「ごめん!」

「もう!シンジも最近強気よね、すっかり自分の女って感じじゃないの?」

「いや?」

「嫌なわけないじゃない…。

 私はシンジのものだし、シンジは私のもの。

 他の女には渡さないわ!」

「ありがと…。ねえ、アスカ?地球はどうなってんのかな?」

「ふ〜ん、正義のヒーローとしては世界の行く末が心配なのか」

「アスカはそう思わないの?」

「私は信じてるの。

 私とシンジが望んだ世界が変になるわけがない。

 そう信じてる。ね?シンジも信じなさいよ。二人が選んだんだから…この結末を」

「うん、アスカ…」

「シンジ…」

「ちゃんとした、キスしたいね」

「うん。鼻つままずにね」

「うがいもなしだよ。無理かなぁ…やっぱり」

「信じなさいよ、シンジ。いつか、そんな日がきっと来るよ。いつか、きっと、ね」

「あ、終わりみたい…」

「うん、またね、シンジ」

「アスカ、またね」

「浮気しちゃ駄目よ、馬鹿シンジ」

「うん」

「じゃね、シンジ」

「また…、また、会えるよね」

「馬鹿、信じなさいって。絶対にまた会える。会えるよ、シンジ」

「うん、アスカ…」

「シンジ…大好き…」

 

 

 人類は、この二人に時を返してあげることができるんだろうか?

 二人に本当のデートをさせてあげたい。遊園地でゆっくりと遊ばせてあげたい。

 だから、人類は絶対に滅んではならない。

 二人が守った未来を消してしまってはいけないのだ。

 それが、私たちにできる、ただ一つの贖罪。

 何の能力もない私だが、それだけはできる。

 そして、いつの日か、二人の意識を戻す。

 私たちの子孫が…、絶対にそうしてくれることを私は信じる。

 今、それができなくても、いつか、きっと…。

 

 それまでは、

 年に一度の彼女の誕生日を全世界で祝ってあげることしかできないのだが。

 とりあえず、今は…。

 

 

            Happy Birthday to you.

 

 


<あとがき> というより <懺悔>

 うへ〜。ごめんなさい。自分が苦手なくせに、こんなの書いちゃいました。
 アスカ様の誕生日というのに、こんなシリアスもの書くなんて!
 やっぱり、へっぽこアスカ様のほうがいいよ〜!

 ってことで、リハビリのために<その2>と<その3>を書きました。
 もちろん、このSSの世界とは関係のない、生誕記念のお話です。

 

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